猿真似をする
いつだか見た芝居の舞台で恋人たちは、熱く抱擁し美しく愛を囁き合っていた。
「嗚呼、この眼にはお前だけが輝いて」
僕の耳元でそう囁く声は眩暈がするほどに甘い。
「あたかも烏の群れにただ一羽白い鳩が降り立ったようだ」
僕を抱き締める腕は優しく、けれど力強くて身動ぎも出来ない。
「…鳴海さん」
どうしてこの人はこんな真似をするのだろう。
表情は見えない。声は真剣だが、笑い出しそうな顔をしているに違いない。いつもみたいに唇を上げて、堪えきれない笑いを噛み殺しているに違いないのだ。
「つまらない冗談ですね」
「冗談なものか!」
僕を抱く腕に力が篭もる。
酒を呑んでいるのだ。
何をして遊んできたのかは知らないが、深夜の帰宅。事務所で待っていた僕をなぜか突然抱き締めて愛を囁き出したこの男は、呆れるほど女が好きなのだから。
「相手を間違えてらっしゃる。そういうお巫山戯は女性となさい」
いつか一緒に見たあの芝居の真似だと分かりはしたが、冗談でも応えてやることなどできるわけがない。
「…ノリの悪い奴だ」
案の定、笑いを含んだ声が下りてきた。
「そういう問題じゃないでしょう、気色悪い。…さぁもう離して下さいよ」
くつくつと笑いながら、しかし鳴海は僕を抱き竦めたまま動かない。より一層その拘束が強くなったような気すらして、僕は居心地悪く身体を捩った。
「鳴海さん」
「なぁライドウ、俺と寝ないか」
「そんな台詞はありませんでしたよ、下品な」
シェイクスピアの恋物語は夢のように浪漫ティックで、目の前の即物的な男とは到底かけ離れている。
「お気に召さない?愛の詩でも諳んじようか」
「…もういい加減にしてください」
「どうか唇に、手の為すことを許してくれ」
片手で抱き締めたまま、鳴海はもう片方の手で僕の顎を捉えて上向かせる。
笑っているのだと思ったのに思いの外その眼は鋭くて、僕は視線を逸らすように思わず瞼を閉じてしまった。
酒臭い唇で口を塞がれ、煙草の味の舌が侵入する。
「っ…」
混ざり合う息、粘膜を弄ぶ舌、胸がとても痛い。
―――ああ、私の唇は貴方の唇から罪を受け取りました。
あの芝居の女優はあのあとどうしたのだっけ。
あれは最後には二人とも死ぬ悲劇だった。
悪い知らせは、いつだって良い知らせよりも早く届くのだそうだ。
「ライドウ、俺は―――」
漸くこの身体を解放した鳴海の薄く微笑んだ唇が何かを告げようとするので、僕は両手で耳を塞いだ。
※病憑き様よりお借りしたお題です。
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