晴れたら君とデェトをしよう

厭な男だ。
赤いびろうど張りの椅子にだらりと腰掛けて癖毛を玩ぶその男を、私は苦々しい想いで眺めた。
端整な口元には薄ら笑いを浮かべて、心を見透かしたような瞳でこちらを眺めている。

―――厭な男だ。

「ところでいつになったら俺とデェトしてくれるのさ、タヱちゃん」
「しつこいわね、探偵さん。何度もお断りしているはずよ」
「なんでー!一回で好いからさぁ。お願い!」
ぱん、と両手を合せてウィンクする姿を私は呆れて見下ろした。この男の場合、本当に一度で 好いと思っているのだから性質が悪い。
女と見れば口説きに入る癖に、深入りしない。相手が心を許すまでは熱烈にアプローチするの に応えたらいつの間にか遠のいていく、彼はそういう男なのだ。帝都でも名うてのろくでなし。
プレイボーイとしての噂は後を立たないが、私はそんなことのためにこの探偵社に通っているわ けではない。
「そんなことよりもお仕事のお話をしましょう」
私は靴底を鳴らし、隠そうともしない好奇の視線を無視して彼の前を横切りソファに腰掛けた。
「仕事って、君の利益になる話ばかりじゃないか。残念ながら目新しい事件はないよ」
ふんと拗ねたように鼻を鳴らして、探偵は書類を机に投げた。
私は新聞記者である。私は彼に情報を提供し、その代わりに彼から記事になりそうな事件をリ ークしてもらう。そうやって私たちの関係は成り立っていた。
「あら、ギブ&テイクよ。貴方の知りたい情報があればできるだけ教えて差し上げているじゃな いの。ちゃんと仕事をしてくださらないと困るわ」
「俺は君の情報が知りたいよ」
危ない。身を乗り出してにこりと微笑むその顔に笑い返さぬよう努めるのはなかなか骨の折れ ることだった。人の心の隙間に入り込むのが実に巧みな男なのだ。
彼の探偵社には妙な事件が集まる。使い方さえ間違えなければ便利な男ではあるのだが、如何 せん女癖が悪い。ほんとうに悪い。
「カフェー『美よし』の環さん、嘆いていらしたわよ」
ため息をつきながらそう言うと、探偵はひょいと肩を竦めた。
「はて、なんのことやら。何もしてないよ」
「何もしてないのが問題だわ。興味がないのなら口説くのはお辞しなさいよ。散々綺麗だ可愛い ねと褒めそやして連絡先を聞きだして、それきり音沙汰なしなんて酷いわ」
だんと机を叩けば、彼は平然と応える。
「弄んで捨てるわけじゃなし、善いじゃないか」
せめて弄ぶのも礼儀というものだ。
実際、ここまで来ると女が好きというよりは、女に何か恨みでもあるのではないかと思えてく る。口先だけでどうとでも口説き、相手が自分に惚れたらあっさり身を引く。どんなに甘いこと を言われようと、彼の言葉を一瞬でも本気にしたら負けなのである。
結果、環さんはこの男からの連絡を待ち焦がれて私に泣き付いて来たのだった。自分からここ を訪ねるほどの勇気もなく、真意を聞きだして欲しいと云う。あんな男は辞めなさいと言ったっ て、いいえ鳴海さんはお優しい人です、きっと何か事情があって、と聞き入れやしない。

この男も莫迦ならば、惚れる女も莫迦だ。

「あたくしだってわざわざこんなことを訊きたくはないけれど、一応訊くわ。環さんのことどう 想ってらっしゃるの」
「好きだよ」
一瞬の真剣な瞳。
自分に言われたわけでもないのに、どきりとした。はっとして私は首を振る。
「じゃ、じゃあちゃんとしてあげて。あたくしのことなんかデェトに誘っている暇があったら、」
「でも君のことも好きなんだ、タヱちゃん」
「…」
―――この、ろくでなし。
鮮やかに微笑むその頬を引っ叩いて、私は探偵社を後にしたのだった。



「そんなわけで、この男はほんとうに性質が悪いの。しっかり見張ってないとだめよ」
私がそう言うと、少年は表情の読めない、けれど真面目な面持ちではいと頷いた。

「ちょっとちょっと、タヱちゃん。ライドウに変なこと吹き込まないでよ」
くるりくるりと癖毛を弄びながら、探偵が参ったなぁという顔で眉を寄せる。
「まぁ、最近は悪い噂も聞かないわね。これもライドウ君のお陰かしら」
どういった事情か知らないがこの探偵社にも書生が住み着き、探偵の生活態度も大分改まった ようだ。そういえば私がデェトに誘われることもとんとなくなった。ほんの少しだけ寂しいよう な気もする。ほんの少しだけど。
―――まぁ、こんな子が傍に居たらプレイボーイも形無しよね。

書生はそら恐ろしいような美少年で、探偵の男振りも霞むようだ。
「大丈夫、きっともうそう言ったことはないと思いますよ」
ねぇ鳴海さん、と微笑まれ、探偵はぐうと妙な声で鳴いた。
「…もうしないよ」
「だそうですよ、タヱさん」
あら、と私は思う。
「…そう、そうなのね、それは安心だわ」
合点したつもりで頷いた。書生は恐ろしいほどの美少年で、絶世の美女でも霞むほどなのだっ た。

「あたくし、応援するわ」
探偵が参ったなぁと眉を寄せる。ほんの少しだけの嫉妬を篭めて、私はにっこり微笑んだ。


2008/07/31
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