君のために夜は明ける 2
「決めたことです。ご迷惑はかけません。じゃあ、おやすみなさい」
言葉を挟む隙を与えないように言い切る。部屋に戻ろうと踵を返すと、鳴海が僕の腕を取った。
「ちょっと待てって。勘違いをしてるんじゃないか、お前」
「いいえ、善く理解しているつもりです」
「何をだよ」
貴方は僕が邪魔なのだ。
そう告げても、彼は認めはしないだろう。けれど態度に表れているのだ。
狼狽した様子の鳴海に向かい、僕は微笑んだ。
「僕はこれ以上、貴方に嫌われたくない」
なるべくさらりと聞こえるように意識する。
「もうご面倒は掛けません。だから、無茶な程に酒を飲み、朝が来るまで帰らないような生活はもう止めてください」
最後まで笑顔は保てただろうか。
ここで哀れな顔をしては、引き止めてくれと言うようなものだ。
笑え。笑え―――。
「僕は去りますから、どうかもう避けないで」
一瞬、鳴海の顔が複雑に歪んだ。
怒鳴り出す寸前のような、泣き出す寸前のような…不思議な表情だ。
僕は目を逸らして俯いた。
―――と、突然。
鳴海が強い力で僕を抱き寄せた。
「!」
驚いて顔を上げるが、角度が悪くて彼の表情は良く見えない。
「違う。そうじゃないんだ。ライドウ」
鳴海の声が震えている。
「な、鳴海さん」
痛いほど抱き締められて、僕は身動ぎする。
違うんだ、と独り言のように鳴海は繰り返した。
「鳴海さん、落ち着いて…どうしたんです」
僕を包み込む胸から匂う、トワレに混じる白粉の残り香が不愉快だ。ずきりと胸が痛んで、それを切っ掛けに僕の心臓は早鐘を打ちだす。
なんだ。なんだこれは?
「ライドウ」
耳元で。今まで聴いたこともないような響きで僕を呼ぶ声。
危険だ、と感じる。何が?
「…酔い過ぎですよ」
茶化した。しかし腕は外れない。
「鳴海さん」
笑おうとしたが上手く行かない。胸が痛い。―――危険だ。
「鳴海さん!」
鳴海が僕の顎に指を掛ける。駄目だ。避けようと思うのに体が動かない。
「ライドウ」
耳朶を侵す危険な声で、
「好きなんだ、お前が」
囁きながら。
鳴海は僕に唇を重ねた。
「んっ…」
侵入してくる舌先。逃げられぬよう頭を押さえつける力強い掌。
「厭っ…」
聞こえていないのか。
思わずきつく閉じてしまった瞳を開いてみる。
鳴海は―――射竦めるような眼で僕を見ていた。
「っ」
身を引くが、逃げられない。
こうなるから―――
早く寝ろって言ったんだよ。
眩暈のする頭に囁きが響く。
その声は身体から力を奪い、僕はまるで自分まで酩酊しているようだと感じた。
―――どれだけ時間が経ったのか。
ふと気付くと、腕は緩んでいた。
「……」
解放されて、僕は崩れるようにその場にへたり込む―――何が起こったんだ。
「すまない。忘れてくれ」
声が降ってくる。何も考えられない。鳴海の顔を窺う事もできず、僕はただ頷いた。
心臓は未だ痛いほど胸を打ち続けている。
「…出て行ったほうが、良いのかもしれないな」
冷静な声で鳴海が告げる。
僕はただ―――頷いた。
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2006/03/31